システム奮闘記:その106

表皮効果と近接作用



Tweet

(2016年11月14日に掲載)

導体内で起こる表皮効果

 LANケーブル内は、高周波信号が通っている。  そのため表皮効果が起こり、信号が減衰しやすくなる問題が発生する。  表皮効果とは何かを見てみる。
表皮効果とは
表皮効果とは
導線を使って交流電流を流す際、周波数を高くするにつれ
導線の中心部分が電流が流れなくなる。
周波数を上げていけばいくほど、電流が流れない領域が広がり
最後には導線の表面しか電流が流れなくなる現象だ。

高周波のデジタル信号も、周波数の高い交流電流になるので
信号電流は導線の表面に偏り、その結果、抵抗が上がり
減衰しやすくなるのだ。

 導線内で、どういう現象が起こっているのか、図にしてみた。

表皮効果の原理(交流電流が流れると)
表皮効果の原理(交流電流が流れると)
交流電流の場合、プラスとマイナスが交互になる。
プラスになって電流が流れはじめるとする。
電流が流れ始めた事により、電流の周囲に磁場が発生する。
詳しくはアンペールの法則をご覧ください

磁場が急に発生するため、磁場の発生を抑制する方向に
うず電流が発生するのだ。詳しくはファラデーの誘導起電力の法則をご覧ください。

 うず電流。中心部は交流電流と反対の向きになっている。

表皮効果の原理(うず電流が発生すると)
表皮効果の原理(うず電流が発生すると)
うず電流が中心部の電流を打ち消してしまうため
中心部には電流が流れなくなるという事なのだ。
周波数を高くすれば、磁場の変化が激しくなり
その分、うず電流の電流量も増え、打ち消す度合いが大きくなるのだ。

 この現象を物理的に見るには、物質中のマックスウェルの方程式を解く必要がある。

物質中のマックスウェルの方程式
物質中のマックスウェルの方程式
LANケーブルの中を通る信号が高周波といっても
変位電流の影響は無視できるぐらい小さいのだ。

 マックスウェルの方程式を解いたら、周波数によって表面からどれくらいの深さまで
電流が流れるのかが導ける。

交流電流の周波数と物質の違いによる表皮の深さの違い
交流電流の周波数と物質の違いによる表皮の深さの違い
物質によって交流電流の振幅の減衰度合いが異なるのがわかる。
ただ、物質に関係なく、中心へ向うほど、電流が減衰しているのだ。

LANケーブルは銅線が使われている。
CAT5e、CAT6、CAT7が、信号を100m送れる事を保証した周波数。
10Base-T/100Base-TXでの信号の周波数と、1000Base-Tの信号の周波数を
銅線上に置いてみた。

なだらかなグラフに見えるが、対数グラフを使っているので
実際には急激に電流の振幅が減衰しているのだ。

 表皮効果は避けて通れない。
 そのため表皮効果の対策としてリッツ線(Litz Wire)が使われている。

リッツ線
リッツ線
1本の導線で作った線を単線という。
これだと表皮効果のため、内部では電流が流れなくなる。

そこで小さな導線を束ねる事により、電流が流れる表面を増やして
抵抗を減らすというのだ。複数の線を使って1芯にした線を撚線(撚り線)という。

 表皮効果について詳しい事は「システム奮闘記:その105」(電磁気学入門)の中の「表皮効果」をご覧ください。


2本の平行した導体同士で起こる近接効果

 表皮効果以外にも近接効果という現象がある。
近接作用とは
近接作用とは、より対線で双方の導線が発する磁場によって、電流密度にムラができ、抵抗を上げて、減衰しやすくなる現象
近接作用とは、より対線で双方の導線が発する磁場によって
電流密度にムラができ、抵抗を上げて、減衰しやすくなる現象だ。

 近接作用が起こる原因だが、導線内を流れる電流が作り出す磁場が原因なのだ。

アンペールの法則
アンペールの法則
導線内の電流によって、導線の周囲に磁場が発生する。
詳しくは「システム奮闘記:その105」(電磁気学入門)の中にあります
アンペールの法則をご覧ください。

 もし、より対線のように2本、導線が平行にあった場合
片方の導線に流れる電流によって発生した磁場が
もう片方の導線に悪影響を及ぼすのだ。

導線が2本、平行にあった場合
導線が2本、平行にあった場合、片方の導線に流れる電流によって発生した磁場が、もう片方の導線に悪影響を及ぼすのだ。
片方の導線を流れる電流が作り出した磁場が
もう片方の導線に作用して、悪影響を及ぼす。

 詳しく見てみる事にした。

導線が2本、平行にあった場合
導線が2本、平行にあった場合、片方の導線に流れる電流によって発生した磁場が、もう片方の導線を貫くのだ
導線Aを流れる電流が作る磁場が、導線Bを貫く。

 導線Bにも電流が流れる。
 電流の方向と電子の動く方向とは正反対になる。

導線Bにも電流が流れている
導線Bにも電流が流れている
電流の方向と電子の動く方向とは正反対になる。

 導線Aの電流が作る磁場が、導線B内を動く電子に対して
ローレンツ力が作用するのだ。

ローレンツ力が作用する
導線Aの電流が作る磁場が、導線B内を動く電子に対してローレンツ力が作用する
ローレンツ力が作用するため、導線Bの電子は引っ張られる。

ローレンツ力については、「システム奮闘記:その105」(電磁気学入門)の中にあります
ローレンツ力をご覧ください。

 導線B内を動いている電子が、ローレンツ力を受けた結果
導線B内の電流密度の分布に偏りが出るのだ。

導線B内の電流密度の分布に偏りが出る
導線B内の電流密度の分布に偏りが出る
導線B内ので電子がローレンツ力を受けた事で、近接している導線Aとは反対方向に
導線B内の電流密度の分布の偏りが出てしまったのだ。

その結果、抵抗が上がり、減衰しやすくなるのだ。

 この時、導線Aも電流分布に偏りができる。
 導線Bを流れる電流によって発生する磁場によって
導線A内の電子が偏り、結果、電流分布に偏りができてしまうからだ。

ポインティングベクトルを使った説明

 ここで間違いなく以下のような突っ込みが出てくるかもしれない。  電子の速度はカタツムリと同じ  もし、太い導線の場合、電子が移動しきれない  そこでポインティングベクトルを使って説明する。
2本の導線の電場と磁場
2本の導線の電場と磁場
導線は放射状に電場を出している。
磁場はアンペールの法則により、導線の周囲を回っている。

 電場と磁場がある所には、電磁波のエネルギーの流れである
ポインティングベクトルがある。

2本の導線の電場と磁場とポインティングベクトル
2本の導線の電場と磁場とポインティングベクトル
ポインティングベクトルは導線の外側で、電流と同じ向きに流れている。

 ところで導線が向き合っている方向では、お互いが出す磁場の向きが正反対だ。
 そのため磁場の打ち消しあいが起こるため、磁場が弱くなるのだ。

導線が向き合っている方向では磁場が弱くなる
導線が向き合っている方向では磁場が弱くなる
導線が向き合う方向の場合、打ち消しあいが起こるため磁場が弱くなる。

 このため導線の表面の磁場は以下のようになる。

2つの導線の表面の磁場
2つの導線の表面の磁場
導線が向き合っている方向での磁場は弱いが
反対側の磁場が強くなっている。

 ところで導線内は抵抗があるので、電位差が生まれる。
 電位差が生まれる所に電場が生じる。

 そのため導線の表面では以下のようになる。

導線の表面の電場と磁場の様子
導線の表面の電場と磁場の様子
画面を突き出した向きが電場の向きになる。

 電場と磁場のある所に電磁エネルギーの流れである
ポインティングベクトルが存在する。

導線の表面の電場と磁場とポインティングベクトル
導線の表面の電場と磁場とポインティングベクトル
ポインティングベクトルは導線の中心に向かっている
外を流れている電磁エネルギーを導線に取り込んでいる形になる。

外から取り込んだエネルギーは導線内の荷電粒子の運動エネルギーになり
それがジュール熱(熱エネルギ)ーになる。

導線同士が向き合った方向だと、取り込まれるエネルギーが少なくなる。
そのため荷電粒子を動かせる量が減り、結果、電流密度が低くなるのだ。

 これで近接作用とその仕組みがわかった。


 さて、表皮効果の対策のため、リッツ線(撚り線)にして、表面積を増やして、
電流が流れる部分を増やすのが目的だった。

 だが、撚り線にする事で近接効果が生じてしまった。
 そこで近接効果の対策を調べてみると以下の資料が見つかった。

 有限要素法によるリッツ線磁界解析基礎検討(PDF)

 撚り線でも、平行線にするのではなく

 撚り線を巻き線にして近接効果を緩和する

 というのだ。初めて知った。  


単線とリッツ線のケーブル

 LANケーブルの種類に単線とリッツ線(より線)がある。  この違いはLANケーブルの中に8本の線があるが、 その線が単線かリッツ線かの違いだ。  図にしてみた。
LANケーブル。単線と撚り線
LANケーブル。単線と撚り線
LANケーブル内は8本の信号を伝える線があるのだが
その1本、1本が単線だと「単線」と言われ
1本、1本が撚り線で構成されていると「撚り線(リッツ線)」と呼ばれるのだ。

 表皮効果が出るから、その対策にリッツ線。
 リッツ線にすると近接効果が出るから、撚り線にするという事なので
リッツ線ケーブルの方が良いと思いがちなのだが、調べてみると・・・

 単線の方が良い

 という話なのだ。
 単線ケーブルのススメ - サンワサプライ株式会社

 なんで単線がエエのか、理解できへん!!

 私は電気関係の技術者ではない。
 なので、ここは開き直って

 名誉なき撤退、即ち、ただの脱走

 を行うのだ。


 ところで単線の長所は長距離で使えるだが、撚り線の場合は、曲げやすい点にあるという。
 【LANケーブル】単線とヨリ線の違いは何ですか(エレコム社)

 どちらが良いかは用途によって異なってくるのだ。


LAN入門:目次
ストレートケーブルとクロスケーブル LANケーブルのストレートタイプとクロスタイプの違いを書きました。
リピーターハブとスイッチングハブ リピーターハブとスイッチングハブの違いと、全二重通信と半二重通信の話です。
10Base-T以降では、パケット衝突は、実は擬似衝突などを書いています。
社内LANの調査 2005年に、ブラックボックス化した社内LANを解明した話です。
オートネゴーシエーション 10Base-T、100Base-TX、1000Base-Tなどが混在する環境で
どうやって通信制御を行っているのか
その仕組みを書きました。
LANケーブルの規格 CAT(カテゴリー) LANケーブルの規格のCAT(カテゴリー)の違いを書きました。
データ送信とデジタル信号の符号化 LANケーブルを信号が伝わる際、どうやってデータ送信をしているのか。
デジタル信号の周波数を抑えながら、高速で信号送信する技術を書きました。
10Base-T、100Base-TX、1000Base-Tについて書きました。
データリンク層 LAN内のパソコンや通信機器同士の通信はMACアドレスが使われています。
それを司るデータリンク層について書きました。
表皮効果と近接作用 LANケーブル内で起こっている信号減衰の原因が
表皮効果と近接作用である事と
LANケーブルの撚り線が、ノイズ対策なのを書きました。
ツイストペアとノイズ対策 LANケーブルがツイストペア(撚り線)なのはノイズ対策のためです。
その話を書きました。
差動回路とノイズ対策 LANケーブルは8本あり、データ通信は複線で行っています。
差動回路を使ったノイズ対策の話を書きました。
同軸ケーブルの仕組み 昔のLANに使われていた同軸ケーブル。
現在でもテレビのアンテナに接続する線として使われたりしています。
同軸ケーブルの仕組みや特性インピーダンスの話を軽く触れました。
発振回路 クロック信号を作る発振回路の説明です。
簡単なLC型コルピッツ発振回路を使って説明しました。


目次:「LAN入門 LANの基礎」に戻る
前章:「電磁気学入門」を読む
目次:システム奮闘記に戻る